人生におけるコスパのパをきちんと定義してほしい

think-costperformance先日から話題になっている「子供は人生で一番高い買い物だと思う」という記事を読んで、すごく引っかかっていることがある。コスパのパをちゃんと定義できていない人が多いんじゃないか。定義できていないのにやれ高いだの安いだの、おかしな話だと思う。

コストパフォーマンスの話をするにあたって

僕は、コストパフォーマンスという言葉が好きか嫌いかと言われればどちらでもない。物事にはいい面も悪い面も存在していて、それは見る角度や取り出す情報によって大きく変わる。なので、言葉の好き嫌いは瑣末な問題だと思っている。興味のある範疇ではあるので、ワードとして関心があるというのが僕にとっての言葉としてのコストパフォーマンスだ。

元記事を要約すると
・子供を持つつもりはない、子供にお金をかけるくらいなら自分に使いたい。
・子供を持つことは資金的消費、時間的損失、機会損失があり合理的ではない。
・また子供が犯罪を犯す可能性などリスクである。
・子供に投資した額を回収できる見込みは低い。
・よってコストパフォーマンスを考えると子供を購入しない、という選択になる。
というものだった。

全くわからない話ではないなと思う。
子供を育て上げるのに大学まで含めるとおおよそ3000万ほどの資金が必要となり、多くの時間が育児に割かれるのは明白だ。
ただし、コスパを語るならパフォーマンスはどこに求めているのかをきちんと定義するべきだと思う。

勝手に感じたこと

元記事では明確に定義されていないので本当のところはわからないけれども、子供を購入した時のパフォーマンスは「資金的な回収」として定義されているのかなと思った。
子供を投資対象としてみているのなら、投資効率は確かによろしくないと思う。
少なくとも16歳でアルバイトなどをするにしても、投資を始めて回収開始まで最低でも16年かかるということになる。
そんなに気の長い話はないので、これであれば確かにコストパフォーマンスは良くないといえる。

でも、コストパフォーマンスっていうのには見返りとして金銭以外の部分も普通はあるんじゃないかなって思う。
子供の話とはずれてくるけれど
・利便性
・満足感
・幸福感
とか。
これらはどれもお金でバックされるものではなく、お金を支払う対価として手に入れられるものだ。
子供を授かっていないから、これらの見返りにどういった効果があるのか記事を書いた当人はわかっていないように思う。
(僕も子供はいないが、先日妹に子供が生まれてなんとも言えない嬉しさがあったのを覚えている。子供を授かるってそういうことなんかなと思ってる。)

で、こういうパフォーマンスで「自分の子供と生活する」ってのを享受できるのは今のところ子供を授かるということでしか達成できない(養子は除く)。
なので、その一点で言えば比較対象がないので高い安いの判断は難しいが、難しい故にコストパフォーマンスという話はできないと考えている。

このあたりは
人生のコスパを語りたいなら、まず人生のベネフィットを語ってみせろ
に綺麗にまとまっているので参考にしてみてほしい。

お金は道具だよ

お金はどこまで行っても道具であって、その先に手に入れたい価値がなければ全く意味が無い。
お金を貯めるだけためて得られるのは「将来的な安心感」かも知れないが、それもお金の価値がなくなればすべて水泡に帰すのである。
元記事を書いた人はその辺りをわかって話をしているんだろうか。ちゃんと、お金を手に入れた後のことを考えて話をできているんだろうかと読みながらかなり不安になった。

まぁ、正直に言えば浅慮だと思うのでこういう遺伝子は子供を残さずに淘汰されるんだろうけど(すごく嫌な言い方)。
考え方は否定しないけれど、もっと広い視野を持ったほうが良いんじゃないかなって思います。少なくとも僕は賛同できませんでした。
視野の狭い状態で「事業が~」とか「いろいろなことを考え実行」って言ってるの見たらちょっとおもしろかったです。

今日の発見、気づき

実は僕も20代前半でお金のないとき、コストパフォーマンスを意識して生活していたことがありました。
その時は子供がどうとか考えられなかったんですけれど、少し余裕が出てきた今思うとすごく浅慮だったなと。
元記事の人もいずれ気づいてくれるといいなぁと思います。
あと、話をする時にはきちんと定義付けできるところをしないと炎上するねっていうのがわかり、非常に勉強になりました。
今回の元記事でも子供を投資対象と考えた時に、コストパフォーマンスがよろしくないって言えていれば「そうだね」で終わったと思います。