【ネタバレあり】ドラゴンクエスト・ユア・ストーリーを見てきました

ドラゴンクエスト・ユア・ストーリー
みなさんこんにちは。ななうみです。
公開2日目にドラゴンクエスト・ユア・ストーリーを見てきました。
多くの方が感想を書いている作品ではありますが、僕も良くも悪くも心がかき乱されました。
どんな映画だったのか、僕はどのように感じたのかをつらつら書いていきたいと思います。

ドラゴンクエスト・ユア・ストーリーとは

この作品は「ドラゴンクエスト5-天空の花嫁-」を題材にした映画で、副題として「天空の花嫁」ではなく「ユア・ストーリー」とついています。
キャッチコピーは「君を、生きろ。」となっていて、ユア・ストーリーという副題と相まって「あなたはあなた。君らしく。」みたいなメッセージがある作品となっています。

公式サイトからあらすじを引用すると

少年リュカは父パパスと旅を続けていた。 その目的は、ゲマ率いる魔物たちに連れ去られた母を取り戻すこと。 旅の道中、遂にゲマと遭遇し、魔物たちと激しい戦いを繰り広げるパパス。 しかし一瞬のスキをつかれ、リュカが人質にとられてしまい、手出しができなくなったパパスは、リュカの目の前で無念の死を遂げる――

それから10年。故郷に戻ったリュカは「天空のつるぎと勇者を探し出せば、母を救うことができる」というパパスの日記を発見する。 父の遺志を受け継ぎ、リュカは再び冒険の旅にでることに。 立ちはだかるいくつもの試練、そしてビアンカとフローラ、2人の女性をめぐる究極の選択。 果たして冒険の先に待ち受けるものとは!?
映画『ドラゴンクエスト・ユア・ストーリー』

ということで、題材となっているドラゴンクエスト5のストーリーを大筋なぞる形の物語となっています。

映画から感じたメッセージ

さて、いろいろと物議のある本作品ですが、映画から感じたメッセージを率直に言うと。

ドラゴンクエスト5おもしろかったよね!また遊んでね!

です。
いや、冗談じゃなくてマジで。

他にもいろいろなメッセージがちりばめられていて、僕が感じた中では
・他の人がなんと言おうと君が楽しんだ思い出は君の物語だよ
・自分を偽らずに、自分の声を聴いて
とか強く感じたのですが、それらを差し置いて最も強いメッセージはドラゴンクエスト5おもしろかったよね!また遊んでね!だったなぁと思います。

作品としてのユア・ストーリー

※ ここから具体的なネタバレを含みます。見たくない方はそっ閉じしてください。

映画作品としての本作は、CGにしても音楽にしても、テンポ(ストーリー全部ぶち込んでるので駆け足ではあるが)も、声も非常に良く作られていてクリエイターのこだわりを感じました。
映画としては短い尺だったのにもかかわらず、ドラクエ5のストーリーの大筋をなぞりきったところなどは詰め込まれ感や駆け足感が半端なかったのですが、逆に言えばそうまでしても入れ切ったのはすごい!
駆け足感が半端なかったのは逆にとらえると場面転換が多く、飽きにくい作りになっていたともいえます。この辺は作品として好みが分かれるところかなと思います。

以下、話の中で印象に残っている部分をかいつまんでみていきます。

導入

話のあらすじはSFCのゲーム画面的なものから始まります。
ダイジェスト形式で、本編が始まるまでに起こった話が進んでいきました。
3DCGの作品なのに、なんで導入が2Dのゲーム画面なんだろう…?と思いながらも、懐かしいなぁ。こんな感じだったなぁと作品を振り返ることができました。

で、それだけじゃなくて。
このシーン、後々重要な役割を果たしていると個人的に思っています。後で触れます。

ヘンリー王子

個人的にはめちゃくちゃよいキャラでした。デザインもなのですが、性格も演技もかなり良くできていたと思います。
今まで、ゲームでは字面から性格を読み解くことしかできなかったので、イメージはもう少し高飛車というか、プライドが高くてめんどくさい人って印象だったのですが、大きくイメージが変わったキャラでした。
ヘンリー王子とラインハットの入口で別れるところは、また見たい…と思うくらいじーんとしました。男が義理堅いのってかっこいいよね。

ビアンカとの結婚

当初、フローラと結婚したいと思っていた主人公ですが謎の老婆の謎の薬を飲むことで本心に気づき、ビアンカと結婚します。
ドラクエ5におけるどっちと結婚するのか問題は、誰も傷つかない形でに良くまとまっていたと思います(しいて言えばルドマンが傷ついた)。
謎の老婆はなんとフローラが変身した姿だったのです!ということで、主人公の本心に気づいたフローラの意思なのであればビアンカを選んでも問題はないでしょう。
良くまとめたなぁ~。

主人公がビアンカに告白するシーン泣きそうになった。めっちゃよかったです。
ユア・ストーリーはヒューマンドラマを見るだけでも損はしないなぁ…と思いました。

しかしここで、1つ気になる描写がありました。
謎の薬を飲んだ時の精神世界みたいな表現の中に「じこあんじ」というウィンドウが出てきたんですよね。これ、作品ではのちに触れられるのですがこのシーンを見たときに大きな違和感を感じたんです。
ドラクエの世界って標準語が日本語ではないはずなんですよ。ゲーム上はプレイヤーに話が伝わらないといけないので日本語がもちろん使われているのですが、この映画においては(この時点では)プレイヤーというのが存在しないわけです。存在しないとすれば日本語のUIがあることも、そもそもウィンドウが出てくることもあり得ないんですよね。
この表現も、冒頭のゲーム画面同様に重要な役割を果たしていると思いました。

なお、今回の作品にはデボラ(フローラの姉)は出てきません。この時点で、僕の中ではユア・ストーリーの想定視聴者は子供ではなく大人(少なくとも20歳以上)なんだろうなと思いました。デボラは3DS版(2008年発売)からしか登場していないですから。デボラをユア・ストーリーに登場させるとなると、3DS版をプレイしていない大人ユーザーは???となるわけです。

アルスの誕生と石化

「きのうはおたのしみでしたね」のシーンはさすがにカットされていましたが、代わりにビアンカが耳打ちで主人公に妊娠を伝えるシーンがありました。
幸せいっぱいの表現が非常に印象的で、今までのコミカルな動きはこの「非現実的な喜びを表すための伏線」だったのではないかと思うくらいハマっていました。いい表現だった…。

アルスが生まれると住んでいた家はモンスターに襲われます。
必至の思いでアルスとサンチョを逃がす主人公ですが、ビアンカはモンスターの手に落ち、主人公は石化されてしまうのでした。

ビアンカはその後、敵の本拠地で天空人だということを知らされます。目の色は魔法でカモフラージュされていたのだと。
この設定はちょっと驚きましたが、ゲームでも両親の本当の子供ではない設定だった気がしますし、この設定にしないと主人公の子供が勇者ということにはなりづらい気がしたので、納得感がありました。
裏設定みたいなのが、はっきりと明言されたのかな?って印象。

ビアンカは主人公の母、マーサに呼びかけ魔王の封印を解くようゲマに支持されますが反抗。ビアンカも敵本拠地で石化されてしましました。
この後、8年の時が流れるシーンがあるのですが、主人公の石像に苔が生えたりしてかなり辛かったです。
2Dドットでは表現されなかったリアルさを感じることができて、物語に深みを与えていたと思います。

決戦

なんだかんだあって、敵の本拠地に殴りこんだ主人公とアルス。まずはビアンカの石化解除に成功します。
戦闘シーンは迫力もあってかっこいいのですが、敵の数が多すぎるため徐々に劣勢になる主人公たち。
とここで、突然ヘンリー王子の援軍が到着します。駆け足すぎるのは仕方ないとしてもこれは伏線がなさ過ぎたので、もうちょっとちゃんとしてほしかったなぁ。
展開としては胸熱なのに、なんで主人公がここにいるってわかったの?って疑問が先に来て、イマイチ乗り切れんかった。

その後は劣勢を挽回しつつ主人公がゲマに迫ります。
めちゃ強かったはずのジャミ、ゴンズがワンパンキルだったのはちょっと笑った。
ゲマと死闘を繰り広げる主人公ですが、突然バギクロスに目覚めてアルスの力を借りつつ何とか勝利。

しかし、ゲマは最後の力を使ってマーサの死体から魔王復活の呪文を盗み出し、魔王を復活させるのでした。まじか、ちょっとゲマ強すぎない??

メタァ

魔王の復活を阻止する方法はひとつ。異界の門に向けて天空の剣を投げ入れるしかない…!ということで、ブオーンの力を借りて難なく異界の門に剣を投げ入れるアルス。
これで世界に平和が訪れるはずが、映画の観客に動揺とどよめきをもたらす展開になるのでした。

さて、さんざん話されている問題のシーンです。
天空の剣を投げ入れ、魔王復活を阻止したと思った矢先、世界の時が止まり、主人公以外は動かなくなります。
そして、そこに出現するゲームウィルスさん…そう、ユア・ストーリーはドラクエ5を再解釈した作品ではなく、ドラクエ5を題材にした僕たちのストーリーだったのです!!ババーン
ユア・ストーリーの意味が分かるのもつかの間、非常にメタい話をし始めるウィルス(ウィルスを作った人間はドラクエが嫌いとかそういう話)。3DCGのテクスチャをはがし、キャラを非表示にし、世界を狭めていきます。

それを目の当たりにして、主人公は「ドラクエ5の世界の主人公」ではなく「現実を生きる1ゲーマー」だったことを思い出します。
しかし、非常にリアルなゲーム世界で体験したことを「確かにこの世界は生きていた」と言ってゆずりません。

なんだかんだ話している間に、スラりんが登場し「俺はアンチウィルスだ!」みたいなことを言ってウィルスを倒し、世界を復元するのでした。なんだこの超展開。
話についていけないとかはないんだけど、青天の霹靂すぎて話が頭に入ってこないというか…俺が見たいのはこれじゃないよ!!!という感じがすごかったです。

とはいえ、それは作品としての粗悪さとか、そういう話ではなくて「観客の期待値とのギャップ」によるもの。
ドラクエである前提をわすれ、ドラクエ5であるという先入観を捨て、まったく別の作品だったと思えば、映画作品としては普通に面白かったんじゃないでしょうか。

観客と作り手のミスマッチ

ユア・ストーリーで批判の的にされるのは、このメタ設定の部分だと思っています。
ただ、ここを批判してユア・ストーリーがゴミ映画だという表現をするのは、少々お門違いでしょう。
先にも話をした通り、映画作品の質の悪さが影響しているのではなく、映画の作られた意図と、観客の見たいものがミスマッチしていたことが主因です。

このミスマッチを防ぐための努力を、映画の作品内ではかなり緻密にやっています。
導入部分を2Dのゲーム画面にすることで、ゲーム世界の話であることを主張している。
謎の薬を飲むときに、プレイヤーしか見ることがないウィンドウが表現されている。
映画の副題も、キャッチもドラクエ5内部の話には関係のないメッセージになっている。
など、他にも探せば様々なことをやっていると思われます。

様々な努力をしてはいますが、ドラゴンクエスト5のキャラクターデザイン、その作品に対する視聴者の圧倒的熱量(熱量が高すぎてドラクエ5であると思い込んでしまう。実際僕も視聴するまでは5だと思っていた)。
そういったことが不幸にも重なって、マイナス印象のまま映画を見終わってしまうケースが多かったのではないでしょうか。

このミスマッチを防ぐためには宣伝を工夫する必要があったと思います。
本編ではできる限り配慮をしていたドラクエ5ではないアピールだけど、それは本編をみてから気づくこと。
宣伝ではドラクエ5の映画だとしか受け取れなかった。ユア・ストーリーという副題も読み取るには解釈の幅が広すぎて難しかったと思います(逆襲のシャアとかが誤認しない副題)。
おそらく、多くの人がドラクエ5だと思って見に行ったのに違った、違うなら最初から言ってほしい。みたいなところに批判の根本が集中するのではないかなーと。興行収入とのバランスは難しかったと思うけど、前提「ドラクエ5またやろうね」が本当に主題のメッセージなのだとすれば回収の仕様はほかにもあったんじゃないかなとも思うわけです。この点が非常に残念でした。

まとめ

・ドラゴンクエスト・ユア・ストーリーは映画単品としてみれば、おもしろい部類に入ると思う
・残念なのは観客の期待値とのミスマッチ(そしてそれはまだ期待値調整できることだった)
・ドラクエ5の映画を見たい人は見なくていい(オチ以外の部分を見れれば満足という人はOK)
・個人的には大幅に期待を裏切られたが、裏切った作品が美しかった時の衝撃みたいなのを感じることができたので得るものはあった
・ドラクエ5を再度プレイしたくなったし、ドラクエ良いなぁと改めて思うことはできた
・ビアンカとヘンリー王子可愛い、スライムはおっさんアンチウィルス
・ルドマンだけ体系がONEPIECEの人みたいだった

そんな感じ!